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佐々木一医師からのメッセージ

「働かなきゃダメ」という生産性にとらわれた社会が「ひきこもり」を増やしている 焦らないで10年後の成功ではなく今日のいいことを見つけよう

佐々木一医師
「ひきこもり」に長年関わってきた佐々木一医師

「ひきこもり」状態の人やその家族の診療やカウンセリングなどに関わってきた医療法人社団爽風会理事長・千葉大学医学部臨床教授の佐々木一医師に、「ひきこもり」とは何か、当事者や家族の実情やアドバイス、地域の人たちの関わり方について聞いてみました。みなさんも一緒に考えていきませんか。

「ひきこもり」の人たちに社会がインクルージョンして居場所を提供できれば少しずつ減っていく

――「ひきこもり」という言葉をよく聞きますが、私たちはどのように捉えたらいいのでしょうか。

「ひきこもり」は専門用語ではなく、一般的に使う言葉ですし、使う人によっても意味が異なってきます。医療者である私たちの目線と世間での目線では、ずいぶん違うと思います。私たちが診ているのは病気と診断がつく人たちです。しかし、病気と診断することができる「ひきこもり」の人たちと診断できない「ひきこもり」の人たちというのは、連続的なもので、すそ野は限りなく広がっていきます。内閣府が2022年11月に行ったアンケートをもとにした推計では、15歳から64歳までの年齢層の約2%にあたる146万人に上るとしています。これはコロナ禍で外出を控えていた人も含めたもので、相当すそ野を広く捉えたうえでの数字だと思います。

――「ひきこもり」はどのような状態ですか。

疾病ではなく、状態像です。こういう人たちが「ひきこもり」になっているという中核的な像があり、それに近い人たちを「ひきこもり」といっているわけです。「ひきこもり」があって、そのうえで摂食障害の症状があるとか、対人恐怖の症状があるとか、社会恐怖の症状があるとか、何らかの症状も持っていると考えています。骨折や糖尿病のように、どこからどこまでが「ひきこもり」というような線は引けません。

――「ひきこもり」状態の人たちは、増えているか、減っているか、また社会との関係でどう捉えたらいいのでしょうか。

「ひきこもり」状態になる原因は、いろいろあります。不登校に起因する「ひきこもり」というのが一番多いように思います。何もしないで放っておけば、「ひきこもり」の人たちが減っていくことはないと思います。ただ、「ひきこもり」の人たちを社会がインクルージョン(包摂)して居場所を提供できれば、少しずつ減っていくと思います。

――「社会がインクルージョンして居場所を作る」とはどういうことでしょうか。

分かりやすく説明すると、昭和時代は世の中に学生と正社員、退職者しかいませんでした。今は違います。いろいろな働き方があって、パートもあれば、ワークシェアリング、障害者就労もあります。多様な人たちにとって働きやすい状況が出てきています。そういった形で社会に包摂する方法は増えていると思います。もっと古い歴史をたどれば、障がいがある人も、「ひきこもり」の人も、社会のどこかに居場所がありました。社会がインクルージョンしていました。農業・農村のような形もその一つです。それが昭和、平成、令和と時代が進み、社会からふるい落とされてしまった結果、居場所がなくなり、「ひきこもり」になってしまった面があると思います。だから社会のあり方は、「ひきこもり」の数も変えてしまうし、質も変えてしまいます。

佐々木一医師
インタビューに答える佐々木一医師

「ひきこもり」の怖いところは「ガチ」の会話しかなくなってしまうこと

――今は「ひきこもり」の状態で直接人と会うことを避けていたとしても、インターネットを介して、SNS、ゲームなどで外の人たちとつながることができます。注意点はありますか。

インターネットによるつながりを両親や家族があまり良しとしていないところがあります。趣味でつながることは大事です。家に居ながら外とつながれるわけですから。家以外に居場所があれば、「ひきこもり」ではありません。例えば、デイケアを利用するのでもいいですし、囲碁を打ちに行くのでもいいのです。何か一つ話題があればつながることができます。SNSは個人攻撃になりやすいので注意が必要ですが、大事なのは「遊び」の場所が持てることです。

「ひきこもり」の怖いところは、(ストレートな)「ガチ」の会話しかなくなってしまうことです。家庭の中で「いつ働くの?」「お金どうするの?」といった「ガチ」な話だけになると、「遊び」の余裕がなくて息苦しい場所になってしまいます。家庭の外でも同じことです。ワイワイできるような集まりで雑談ができることが大切です。

――当事者に向けた発信はどのような点に注意すればいいのでしょうか。

私のクリニックのデイケアを利用している方々に聞くと、「こうしなさい」「ああしなさい」という(命令や指示のような)言い方は刺さりにくいです。「こんな試みをやってるよ」というニュートラルなスタンスでの情報提供は役に立つようです。デイケアでこんなことやっていて、こんなふうによくなりました、という生の情報をほしがってるということです。

農業に取り組んだり、インターネットで身を立てたり、こうやって回復して仕事を持てたという実例がたくさんあります。そういう自分の将来像、未来を描きやすい情報がたくさんあるといいでしょう。こういう方法を活用すればこうなれるんだ、というモデルを見せられるといいと思います。

佐々木一医師
インタビューに答える佐々木一医師

「働かなきゃダメだ」という生産性にとらわれると人間は変なプレッシャーをかけてしまいます

――就業経験がある人たちが「ひきこもり」状態になるケースについて、どのようなところに要因があり、それに対して社会はどう対応していけばいいのでしょうか。

就業経験ある方の「ひきこもり」は昔からあったと思います。しかし、社会のネットワークや社会保障といった「セーフティーネット」から落ちこぼれやすくなっている社会だという面があると思います。大きな会社であれば、適応できない人にも何らかの仕事を与えて抱えていました。

昭和時代の企業経営には、社内でインクルージョンする仕組みがあり、簡単に切らない仕組みがありました。今は、正社員で働く人の割合が減り、適応できないなら「もう来ないで」といわれてしまう厳しい社会になりました。「働かなきゃダメだ」という生産性にとらわれると、人間は変なプレッシャーをかけてしまいます。そういうものが、就労できず「ひきこもり」状態になってしまう人を増やしている一因ではないかと私は思います。

例えば、うつ病の方の復職はなかなか難しいところがあります。病気がよくなって、身の周りのことができる、散歩もできる、レジャーも楽しめるようになっても、会社に戻ろうとするとうまくいかない人がいます。精神の病気の場合、体の病気の人と違い、何割もの人が休職、復職を繰り返します。そこで重要なのが「リワーク」です。「リワーク」は、職場復帰に向けたリハビリテーション(リワーク)です。私たちのクリニックでは、長年「リワーク」を行ってきていますが、「リワーク」への参加によって、「ひきこもり」状態になることを食い止めているという自負があります。失職したとしても、いったん、医療や「リワーク」につながって結びついていることができれば、新しい仕事に就く、再び仕事に戻ることができています。労働対策・就労対策と医療、この二つが機能していれば、「中高年のひきこもり」に関しては相当変わってくるという感じを持っています。

佐々木一医師
「デイケア」や「リワークプログラム」を実施するデイルーム

時間はかかりますが時間をかけることは決して無駄ではないということ

――「ひきこもり」状態にある人には、どのような言葉を届けたいですか。

焦らないで、ということですね。10年後の成功じゃなくて、今日のいいことを見つけましょう。大きな成功じゃなくて、小さな成功です。鏡を見て「あ、今日はちょっと目が腫れていないな。よかった」とか、「おせんべいがおいしかった」とかそういう小さな幸せです。1日1つ、小さないいことを見つけて、自分で自分を褒めてあげましょう。そういう練習から始めましょうとよくお伝えしています。

これは家族にも共通することですが、時間を怖がらないでください。「ひきこもり」やそれに伴う「8050問題」(80代の親が50代の子どもの生活を支えるために経済的にも精神的にも強い負担を請け負うという社会問題)がなぜ苦しいかというと、時間が絡んでいるからです。皆さん、焦っていると思いますし、何より苦しいと思います。「もう10年しかない」と考えるのと、「あと10年もある」と考えるのではだいぶ違います。時間は流れてはいるけれど、10年前の1分と今の1分は同じです。これからも1分1分、目の前にあることを何かしていけば、それは10年後にも通じるし、状況が変わっているかもしれません。

「悩んでいる暇があったら、何かしようよ」というわけではありません。とにかく焦っちゃいけないということです。早く解決しようとすると必ず失敗します。時間はかかりますが、時間をかけることは決して無駄ではないということです。

――80代の親がひきこもり状態の50代の子どもの生活を支える「8050問題」を踏まえ、アドバイスはありますか。

お金のことを考えるのは嫌かもしれませんが、ファイナンシャルプランナーに相談する手もあると思います。資産の棚卸しをして、将来可能な選択肢について調べて、本人にも伝えるべきです。

佐々木一医師
インタビューに答える佐々木一医師

家族が社会と接点を持って安定していれば当事者もある程度安定します

――当事者や家族が抱え込み、社会や地域から孤立してしまっている方たちもいます。何が必要ですか。

イタリアで起こった精神療法の一つですが、家族療法というものがあります。社会という大きな輪があって、その中に家族の輪があり、さらにその中に個人がいます。それぞれの輪が互いに接点を持ち、連関しながら回っているのが普通の状態です。この連関が崩れてしまうと問題で、「ひきこもり」の場合は真ん中の個人が家族の輪との接点がなくなり離れてしまうことです。しかし、家族が外側の社会の輪と接点を持って安定して回っていれば、不思議なことに個人つまり当事者もある程度安定します。

「ひきこもり」は家族だけの問題ではありません。当事者の問題でもあるし、社会の問題でもあります。みんながつながっていればなんとかなりますが、家族が社会から離れて抱え込んでしまう、つまり自分たちだけの問題にしてしまうと、まず家族が病的になってしまいます。家族が病的になると個人も病的になってしまいます。ですから社会と家族がつながっていることはとても大事です。

私たちはカウンセリング施設も運営していますが、家族が相談に来続けていると、当事者である本人が少しずつ変わっていきます。「うちの子がこんなふうで……」と相談に来るだけで、家族は本人に対して何もしていなくてもです。家族が毎月相談に出かけていることを本人が意識するだけで、ゆっくりとですが変わりだします。家族会や保健所など、何でもいいと思います。

――社会が家族をインクルージョンするとき、注意するポイントはありますか。

近所のうわさ話みたいなことはよくないです。親身になるのは構いませんが、あわれむとかさげすむとかは違います。「あんなに元気で、大学まで行ったお子さんなのにね」といったことは、本人だけでなく家族にもいってはいけないのです。「お手伝いできることがあればやりますよ」という姿勢は大事ですが、おせっかいは必要ありません。「○○先生に診てもらうとよくなるよ」とか、「このビタミン剤を飲むとよくなるよ」といったことを話す人がたくさんいますが、家族も嫌な気持ちになります。

佐々木一医師
「デイケア」や「リワークプログラム」を実施するデイルーム

少なくとも両親が一体になって協力する態勢を作っていただきたい

――家族に向けてアドバイスをお願いします。

全く付き合いがなかった親戚がいきなり口を出してくるケースが時々あります。「恥の意識」もあると思いますが、「ひきこもり」のことを家族以外に隠してしまうと、後でこのようなことになることがあります。関係している人たちはみんなで寄り添って、集まるということも大切です。少なくとも両親が一体になって協力する態勢を作っていただきたいし、家族が一致してコンセンサスを作ることが大事だと思います。

子どもの「ひきこもり」をきっかけに母親が会社勤めを辞めてしまい、抱え込んでしまう家族もいますが、これはあまりお勧めしません。親が勤めに行っていたほうが、本人も距離を取れて楽な面があります。だから、特にお母さんにお伝えしたいのですが、(家族は)社会生活を捨てないでほしいのです。本人はすごく嫌がる場合もありますが、お母さんはお母さんの生活、仕事、旅行、趣味、そういうことを今まで通り続けていただきたいのです。

――きょうだい関係がこじれるケースがあると聞きます。

きょうだい同士のバランスはすごく大事です。例えば、兄がひきこもっていたとしましょう。弟は「自分は全然目をかけてもらえなくて放っておかれた」と恨みを持っているケースも多いです。両親からは「どちらも大事なんだ」というメッセージを送り続け、空から降り注ぐ太陽のごとく愛情を注ぐことをやっていただきたい。2人の状況は違うけれど、どちらも自分たちの子どもだし、どちらも大事なんだと言い続けてほしいと思います。

佐々木一医師
「リワークプログラム」を実施するデイルームを説明する佐々木一医師

「生産へのとらわれ」は「ひきこもり」をこじらせる大きな要素

――社会が理解を深めていくために私たち一人一人はまず何から始めればいいでしょうか。

恥ずかしいこととか、あいつら怠けてるとか、そういう目線ではなく、ニュートラルな気持ちで関心を持ってもらうことからです。社会だけでなく、家族の中でも、「働かなきゃダメだ」という「生産」にとらわれている人がいます。企業でバリバリ働いてきたお父さんとかです。「生産へのとらわれ」は、「ひきこもり」をこじらせる大きな要素だと思います。

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佐々木一医師

PROFILE

佐々木 一(ささき・はじめ)
医師

1962年生まれ。千葉大学医学部卒業後、同学部付属病院精神科神経科や国立精神神経センター国府台病院精神科などの勤務を経て、1998年、爽風会佐々木病院に勤務し、理事就任。2001年、医療法人社団爽風会理事長。現在、あしたの風クリニックで「ひきこもり専門デイケア」を行うほか、臨床心理士を中心に家族や当事者の相談機関「こころのドア」なども運営する。千葉大学医学部臨床教授、日本うつ病リワーク協会理事。

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