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こもリアル・ストーリーの紹介

こもリアル・ストーリー募集にご応募いただきました皆さま、貴重なストーリーを送っていただき、ありがとうございました。募集期間(2025年12月から2026年1月21日)が短かかったにも関わらず、たくさんのストーリーを送っていただけました。どんなきっかけでひきこもることになったのか、どんな思いで過ごされていたのか、生きづらさから回復されたきっかけなど、皆さまの切なる思いや叫びを感じることができました。1/24のひきこもりVOICE STATIONフェスでも紹介したストーリーも含めて、こちらで公開させていただきます。

※一部、募集の条件を満たさないストーリーについては掲載を見合わせました。また、こちらで読みやすく改変した部分もございます。ご了承ください。

まいきちさん

ひきこもりVOICE STATIONフェスにて、インフルエンサーでひきこもり経験者でもあるまいきちさんがストーリーを朗読

ななこさんのストーリー(10年以上のひきこもり経験者)

私は幼い頃から祖母に一歳上の従兄弟と比べられて育ちました。褒められることもありましたが、常に比較の中に置かれ、「そのままの自分」でいていいという感覚は持てませんでした。私立の女子校に進学すると、空気を読むことや独特の人間関係に強い違和感を覚え、次第に孤立していきました。中学二年で不登校となり、そのままひきこもりになりました。家族以外との関係はほとんどなく、外に出られない日々の中で怖さを感じる余裕すらなく、ただ時間だけが過ぎていく状態が長く続きました。

20代になり、精神科の主治医やカウンセラーと少しずつつながれるようになり、この頃に社交不安障害と診断されました。母はひきこもり家族会で学び、周囲の人々が私を急かさず否定せずに関わってくれたことが、「生き続けていい」という感覚につながりました。そして通信制高校で高校卒業資格を得ることができました。

もともと美術が好きだった私は美大受験を決意しました。結果は厳しく合格には至りませんでしたが、大きな一歩となりました。当時は家族と専門職以外に知り合いはいませんでしたが、このまま誰とも関わらずに過ごす不安から、同じ経験を持つひきこもり当事者の居場所に勇気を出して足を運びました。そこでの出会いは大きな救いとなりました。

今も回復の途中で、不安や孤独に苛まれることはありますが、仲間との交流に勇気づけられ、希望を持てるようになりました。美大受験も諦めずに挑戦を続けています。この経験が、誰かの一歩につながれば嬉しいです。

山田ルイ53世さん

お笑い芸人でひきこもり経験者の山田ルイ53世さんも朗読

電気猫さんのストーリー(40代から50代・男性)

私は20代半ばに、ひきこもり生活を送りました。幼少期から人付き合いが苦手で、学生時代はいじめを経験し、就職後も職場で陰湿ないじめに遭いました。退職後、その体験がトラウマとなり再就職に踏み出せず、無気力のまま昼夜逆転の生活に陥りました。

振り返ると、この時期は人生で最も精神的に追い詰められていたと思います。家庭内の問題も重なり、まさに生き地獄でした。自殺を考えなかったのは不思議なくらいですが、それほど「生きる屍」のような状態だったのだと思います。

転機は、「もう一度学校で学んでみよう」とふと思ったことでした。焦りもありましたが、小さな目標を見つけたことで生活リズムを整え、進学準備や学費のためのアルバイトにも前向きに取り組めるようになりました。

翌年、通信制大学に進学し、美術史を学びながら学芸員と図書館司書の資格を取得しました。40代で発達障害と診断され、過去の苦しみの理由が腑に落ちましたが、生きづらさは今も続いています。それでも、人生のどん底を経験したからこそ、今の生活を「まだマシ」と思え、物事に動じにくくなったことは、私にとって大きな収穫です。

mmさんのストーリー(現在ひきこもり中)

私は高三の春、受験のストレスから眠れない日々が続きました。9月、学校帰りの電車で体調を崩し、何とか帰宅したものの、部屋に並ぶ参考書や教科書を見た瞬間、ぷつんと糸が切れたように「もう無理だ」と感じ、それ以降学校に行けなくなってしまいました。積み上げてきた努力が一瞬で崩れ落ちたようで、苦しくて悔しくてたまりませんでした。

そんな時、恩人と呼べる人に出会いました。「辛かったね」と寄り添ってくれた声は今も忘れられません。いつも支えてくれたその方が、一度だけ私を叱ったことがあります。幸せとは人より優れること、認められることだと思い、「いつになったら幸せになれるのか」と嘆いた私に、「幸せはなるものじゃなくて、気づくものだよ」と言いました。そして「今のあなたは、昔したくてたまらなかったことができているでしょう?」と。

その言葉で、気持ちよく眠れることや、また勉強したいと思えたことに気づき、足りないものばかり見ていた自分を知りました。今では、その方と出会い話せたこと自体が幸せだったと思います。

その方は亡くなってしまい、もう会うことはできませんが、あたたかい思い出は心の中で生き続けています。未熟ながらも少しずつ歩き出した私を見守ってほしいと思いながら、今日も自分のペースで生きています。

お母さんありがとうさんのストーリー(当事者の息子を持つ母親)

現在40歳の息子を持つ母親です。息子は15歳からひきこもり、ここ数年は穏やかに過ごしています。最初の長い年月は地獄のようで、二人で死を考えたこともありました。それでも必死に歩き続け、谷底から這い上がれたように感じています。

ひきこもりのきっかけは、真面目すぎる性格をからかわれたことでした。身長は高く、おとなしく成績も良かった息子は、気持ちを抑え込み壊れてしまいました。私は非常勤の高校講師として忙しく、息子の変化に気づくのが遅れました。

現在は統合失調症として治療を受け、のんびりと暮らしています。家では高齢になった私をいたわり、外出は私の運転で出かけます。ここ数年は笑えるようになり、周囲からも「こんなに笑う人だったんだね」と言われます。入院には迷いもありましたが、新薬や退院後の支援を思うと、もっと早く入院していればとも感じています。

マロンさんのストーリー(10年以上ひきこもり中)

僕は、物心ついたときから、両親が喧嘩ばかりしているのを見て生きてきました。父親が母親を突き飛ばしたり、夜中まで話がつづいて父親が母親を責めていることばかり。息子である僕にも、毎日怒っていました。お前らが生きていているのが贅沢だ、誰のおかげで生活できているんだ、昔はもっとたいへんだったなど、罪悪感を植え付けてコントロールをするのが当たり前でした。親から嫌なことをされているのに、自分が我慢すれば、いい子でいれば、丸く収まると無意識でやっていました。学生時代は、友達がいなかったです。なぜなら、父親が、会社で友達がいないから、僕は学校で作れなかった。自分の人生があっていいんだと気がついたとき、もう何もありませんでした。父親を信じていたんです。父親は、コンプレックスの塊です。

今は、ボランティアに参加したりしております。年齢があるので、やれることは限られますが、取り組んでいます。

イオさんのストーリー(10年以上ひきこもり中)

キッカケは母の蒸発や学校で教師に馴染めなかった事や後に診断される小児鬱で、小学5年から15年以上ひきこもり状態で生きていました。

精神的な部分、元々喘息患者で虚弱であった事、色んな要素が絡まりあって、こもってる間は自分の無価値さに苛まれるばかり。社会的サポートを受けたいと、心療内科受診と共に探した機関、社会福祉協議会との出会いで人と関わり合う楽しさを教えてもらい、社協職員さんから興味あるんじゃないかな?と貰ったチラシは「ピアサポーター研修会のお知らせ」これがここ数年の人生を大きく変えるキッカケでした。

自分を価値ある者にしたくてピアサポーターになり、今では色んな所に行って当事者活動をしています。

ひきこもったキッカケは他人、外に出る様になったキッカケも他人、他者との繋がりが様々なキッカケになりました。

今つらい方、SNSでもメタバースでもなんでも良い、相手は1人でも良い、誰かと繋がってみませんか?

10年前まではこんな自分を知られたくないと消えたいと考えていた私は、今ではちょっとでも誰かの記憶に残る人になりたいと思っています。

今つらいあなたがこれからの人生を少しでも楽しく過ごせます様に。

あらいぐまさんのストーリー(現在ひきこもり中)

ある夏の夜。妹のペットの様子がいつもと違った。一睡もせず餌も口にせず、よだれを垂らしながら、ゲージに上ってはジャンプして、の繰り返し。視点も合わず、ぐったりする事もあり、暑いからかなと冷房をつけたけど状況は変わらない。家族は仕事で昼まで帰らない。ネットで対処法を調べると、このまま放置すると危険だと書いてあった。葬儀用品ばかり目に入った。視点が合わず自分を痛めつけるような動きをするペットを見て、ワンワン泣いた。孤独を感じ、ゾッとしたが、これではダメだと、苦手な電話をかける事にした。病院はいつも妹が予約を取っていたので、説明に困った。いつもはメモを用意していたが、その日は頭が真っ白。何を話しているのか自分でも分からず、かかりつけの先生に怒られた。都内の病院でないと難しいと言われたが、一人では心細い。お金もない。都内まで運転出来るのは妹だけだった。ひきこもりは無力だ、と泣けてきた。都内の病院と相談し、その日はかかりつけで応急処置を受ける事になり、一人タクシーに乗った。先生は薬を打った後、「あなたはツイてるのよ」と励ましてくれた。都内の先生は私の様子から、緊急だと悟ったらしい。タクシーの運転手も最短で帰宅出来る道を選んでくれた。一人じゃないんだ、と嬉しくなった。

秋津真幸さんのストーリー(現在ひきこもり中・20代〜30代)

中学に入った頃から人と関わる事に重圧を感じるようになってひきこもりました。

当初は母が親身になって私を学校へ行かせようと苦心してくれていたのですが、どうにも私が学校に行かないので精神科医さんに相談に行くことにしたと後から聞かされていました。その時に私の事を分かった風に話す精神科医さんを見て「母親である私が息子を分かってあげられなくてどうする」と思ったらしく、それ以来学校に行くようにではなく、学校に行かなくてもいいから外には出るようにしなさいと少し遠くのスーパーや商業施設なら同級生や知人と会わないだろうと一緒に買い物へ連れて行かれる機会が増えました

でも、学校に行っていない自分を責める気持ちのあった私は居心地の良い自室にだんだんひきこもる時間が増えていきました それでも母は私の事を理解しようとたくさん会話をしてくれました。母の昔話しとその時の母の気持ち、時事のニュースで思った事、身近にあった出来事や愚痴、私を産んでくれた日の事、自分自身を含めた世界中が敵に見えていた私に、母だけは味方で、私に寄り添ってくれました そんな母のおかげで自分の気持ちを受け入れたり向き合う事が出来るようになって自分を責める気持ちは少なくなりました。「人類皆兄弟」「悪い人はいない」「人生楽しくなけりゃ」そんな母の言葉が私の重い心の扉の建て付けを直してくれたのかなぁと思っています。母は偉大です。

そんな母が一昨年病気で他界しました。日に日にゆっくり弱っていく母をいつか治ると励まして、自分で出来なくなった事を代わりにしてあげて、いつかこうなる事は分かっていたのに何もしてあげられなかった。もっともっと何か出来たはずなのに、寄り添う事しか出来なかった。ちゃんと寄り添えたかも分からない。それでも母は私が家にいてくれて良かったと言ってくれました。でも働いて収入があればもっと何かしてあげられたかなぁって。

ゆかりさんのストーリー(ひきこもり経験者・40代〜50代・女性)

ひきこもるキッカケになったのは、鬱を患って環境を変えようと引越しをしたのですが、環境になじめず(そもそもが人付き合いが苦手、気を使いすぎて疲れる) ひきこもりになってしまいました。生きる気力もなく子供を保育園へ送ったあとは家にこもって一時は自殺を試みたこともありました。これだけ迷惑かけて世間一般的な母親として生きていけない自分が生きることが辛くて辛くて仕方ありませんでした。 そんなとき主人の「これ以上どうすればいいん」という言葉にハッとしてまずは仕事を探そうと一歩踏み出したのがひきこもりから脱出するキッカケになりました。それでも心のひきこもりは続きましたが仕事をするだけでも社会との繋がりをもつことは心身的に良かったと思います。

今特に思うのはひきこもる人たちは本当に一生懸命頑張って生きてきて、これ以上頑張れない、自分をなんとか保ち守るための行動だと思うのです。 そしてでも自分を責めていると思うんです。 家族の方も辛いと思いますが、見守りながら家が安心できる場所ならきっと社会へもつながる時がくると思うので信じていただければと思います。

そして今わたしは自分の体験から生きづらさを抱えた方たちが心を安心して話せる居場所活動を地元でしています。 なかなか社会や家族以外の方とつながることが苦手な方たちが社会とつながる手前のパイプ場所というか…

この場所が、潜在的に気づかれていない生きづらさやひきこもりの方たちの居場所になれたらと思います。

いとさんのストーリー(ひきこもり経験者・10代女性)

小学校5年生のころに、不登校になりました。当時は理由が分からなかったのですが、今になってから顧みると、学校での人間関係の不和や、深夜までゲームをしていたことによる生活リズムの乱れ、そして思春期特有の心身の変化などが原因だったのではないかと思っています。学校には行くことができず、1日の大半を家の中で過ごしました。家ではゲームをしたり動画を見たりして過ごしましたが、心から楽しいと思えることはほとんどなく、単調で憂鬱な日々が続きました。

そのような生活が続く中、小学6年生のある日、とある漫画に出会いました。ネット上の友達に勧められたのですが、いざ読んでみると、自分のように困難に追い込まれている登場人物たちが数々の試練を乗り越えていき、その過程で見違えるほど成長していく。その姿に心を打たれるとともに、人生において本当に大切にすべきことをたくさん学びました。すると自分の悩みがひどくちっぽけなものに思えてきて、鬱々とした気持ちも徐々に軽くなっていきました。しばらくして学校にも少しずつ通い始めるようになり、陰鬱だった毎日に少しずつ光が射し込むようになってきました。その後も中学・高校ともに無事に登校することができ、将来は、ひきこもりのように生きづらさを感じている方々が少しでもよりよく社会で生きていくための手助けをする仕事に就きたいと思っています。

ひきこもりの最中は、孤独で、苦しい。心ない人に非難されることもあるかもしれない。しかし、ひきこもりだからといって人生が終わるわけではない。むしろ、ひきこもっていなければ経験することのなかった価値ある知見が得られるのではないか、と私は考えています。ひきこもりの自分を否定する必要はない。苦しいと感じたときは、ゆっくり休んでいい。そして再び動き出したくなったときに、前に進んでいけばいい。ひきこもりは悪いことではない。私はそう考えています。

メロンパンさんのストーリー(女性)

小学校3年生で転校をし、初めて私に話し掛けてくれたのがA子ちゃん。ある時、後から、公の仕事をしている家庭のB子ちゃんが転校生して来た。私たちのグループの一員となった。私よりも目立ち、特にA子ちゃんと仲良くなった。小学校6年の卒業間際、教室の端の方でグループの仲間が固まっていた。B子ちゃんの話し声が聞こえた。内容は、『お別れ遠足の時、私ともう1人大人しいC子ちゃんの二人と、はぐれる計画を立てていた。』その話にPTA会長の娘でもあるD子ちゃんが一番に同意していた。その様子を見て、私はショックで泣いてしまった。休み時間に、A子ちゃんとE子ちゃんが、私に駆け寄ってくれた。しかし、その二人を除けて、皆の前で先生に事情を話した。その後先生が、「B子ちゃんと話し合ってみたら?」と言って来た。無口な私は、何か任された気持ちになり、事実を確かめた。何故かA子ちゃんが一緒にいた。B子ちゃんに何を聞いても黙ったままだった。結構時間が経ってしまい、揉めた時の対処法を知らないので、私が話を打ち切ってしまった。またある時、仲間外れに一番に同意していたD子ちゃんが私に近寄って来て、仲間外れの原因を話して来た。理由は、「B子ちゃんが好きな男子が、私に電話をした事が原因」だった。B子ちゃんにもD子ちゃんにも頭に来た。なので、「知ってるよ。」と私は嘘を付いた。そして、私立中学生なると、体の調子が悪くなり、教室に居られなくなり、不登校になった。雰囲気に馴染め無かったり、勉強に付いて行けなかったのが原因だ。元々、家庭環境も最悪で、父が母に暴力を奮い、食事中に卓袱台返しをしていた。狭い部屋だったので、私だけの部屋は無かった。日中は、一人でテレビばかり見ていた。中学2年生は、1度も学校に行っていない。留年、短大、大学を経たが、あと一単位で大学は行かなくなった。人間関係が原因だ。今は、友達と呼べる人が一人もいない。

まどさんのストーリー(現在ひきこもり中・女性)

ひきこもるきっかけは、職場で体調を崩して通院したこと。そこで適応障害と診断され休職。主治医より別の大きな病院を紹介される。そこでリ・ワークプログラムに通う。でも、自分の中に「これはちょっと違う」と感じ、大きな病院の主治医からも「プログラムの目的と合わないかも」と話し合う。プログラムはやめることになったが、その次どうするかについてはこたえが出ずにおわる。

その時点で、もう私は考える力が無くなり部屋にこもりました。まわりの様子から「消えてはだめみたいだ」と‘空気をよんだ’ので、自分の体を布団に縛り付けて過ごしました。

それから9年近く経ってしまいました。一昨年ごろから少しずつ自分を変えよとしていますが、染みついてしまった何かが邪魔して……難しいなぁと強く感じています。

マッキーさん(短期ひきこもり経験者・60代〜70代)

厚労省の定義6ヵ月以上はないですが、10年以上前に約3ヵ月程度のひきこもりを2〜3回繰り返しました。きっかけは仕事と家族で、40歳を境に唯一の肉親の母の死を機に正社員から非正規になり様々なハラスメントで徐々に精神を病んだこと。就労移行支援事業所に通所して持ち直したのですが、結局再就職出来ず再びひきこもり。時間とやりたい事が沢山あるのに朝から身体が鉛の様にダル重く、頭もモヤがかかった様にスッキリせず。毎日「明日こそは」と思いつつ、毎日半寝たきり状態で家事もせず部屋は汚部屋に。「このままではダメになる」「何とかしないと」思って焦っても何からすれば良いのか?心の中では「誰か助けて」思いつつ、実際にはSOSを出せず。

もみじさんのストーリー(ひきこもり経験者・20代〜30代・女性)

私は、学生の時期を通して人間に対し恐怖を感じるようになり、ひきこもりました。

小学生の頃、私の友人は大人しい性格のためにいじめのターゲットにされてしまいました。友人は徐々にクラスに居づらくなってしまい、転校してしまいました。その時、周りと少し違うからという理由で人が攻撃されてしまうことがとても嫌でした。その後も同じようなことが何度か起こり、集団への不信感ややりきれなさ、悲しさを感じました。なぜ他人を攻撃し積極的に排除しようとする流れが一部で起こるのか納得できませんでした。

また、自分自身も中学生の時にクラスに居づらくなったことがありました。その時は、嫌でも行事に強制参加することへの混乱と、クラスの足を引っ張ったことへのひどい罪悪感で心身ともに最悪の状態でした。自分の一挙一動と他人の目に過度な緊張感を持つようになりました。人々の外見や能力の違いを取り上げて、比較する環境に疲弊してしまいました。

そのような経験から集団にいることが辛く、大学卒業後ひきこもりになりました。その後何年か精神科にかかり少しずつ回復し、現在では作業所に週何日か通う生活になりました。

ですが、今でも私には人や集団への恐怖と不信感、自分の存在への罪悪感などがあります。自分と同じように、集団に疑念を抱く経験をしている人がいれば、当時感じたことを全否定せず一例として持ち続けて欲しいと思います。発信することで誰かと共感できれば幸いです。

ご応募いただきました皆さん、貴重なストーリーを、ありがとうございました。

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    家族会の代表・田口ゆりえさん×KHJ池上正樹さん

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